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名古屋地方裁判所 昭和30年(ワ)711号 判決

原告 中日本鋼業株式会社

被告 上組合資会社

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は被告は原告に対し金三十八万円及び之に対する昭和三十年五月二十八日以降右完済に至る迄年五分の割合による金員を支払え、訴訟費用は被告の負担とするとの判決並びに仮執行の宣言を求め、

その請求の原因として、

一、原告会社は鋼材、鋼索、セメント等の製造販売業を目的とし、被告会社は各種運送、倉庫業を目的とするものである。

二、原告会社は昭和三十年四月二十七日訴外針生喬より訴外松原商店名古屋営業所発行の

品名 磐城セメント

数量 五屯(一〇〇袋)

荷渡先 神吉商店

荷扱人 先方車

宛名 被告会社名古屋支店築港出張所

なる荷渡依頼書十通(五十屯分)に依る磐城セメント五十屯売渡の申込を受け、右針生の言に依れば右荷渡依頼書は倉荷証券と同様に取扱われているのが一般商慣習となつていて被告の築港出張所に右依頼書を持参する者は誰でもセメントを受取ることができるとのことだつたので原告会社は右セメントを買受けることにした。

三、しかしその代金支払前に念のため社員箕浦孝一をして右依頼書を持参せしめて被告会社名古屋支店築港事務所に赴かしめ同支店長代理高橋静夫に之を呈示して右趣旨の確認はもとより、磐城セメント五十屯の引渡を求めたところ右高橋は之を承諾し被告会社倉庫現場係に宛てた原告会社を荷主とし原告会社に右セメントを引渡すべき旨記載した荷渡差図書を作成した。折柄帰所した同出張所長兼輸入部課長宮浦弥一郎が右の様子を見て箕浦に対し「この荷渡依頼書は現在の商慣習では倉荷証券と同等の価値があつてこれだけでも売買ができる、そしてこの荷渡依頼書は所持さえしておれば如何なる問題が生じようとも絶対にセメントを引取り得るし又当会社としても引渡さなければならない義務がある、入用の都度依頼書を持つて来て下さい、今法律上引渡を受けられても後日実際にセメントを引取るには再び築港出張所に立寄つて貰わなければならぬ、斯様な二重手間は貴殿にも気の毒だし会社としても迷惑なことだ前記の荷渡依頼書を持つていてくれ」と申すので箕浦は「それでは仮令発行者からの荷渡依頼取消があつても被告は必ずセメントの引渡をしてくれるか」と念を押したところ宮浦所長は「絶対に大夫丈だ」と申すので箕浦は宮浦の言を確く信じ引受の手続を断念して右荷渡依頼書を持帰り中西社長にその旨報告したので同社長は安心して即日右針生に右セメント代金を支払つた。

四、原告会社は右代金支払後右築港出張所に電話でセメントの引取予定日を申入れたところ意外にも宮浦所長は今荷渡依頼書発行者の松原商店から針生に依頼書を詐取されたから引渡を止めてくれと云つてきたからセメントは渡されないとの返事だつたので原告会社は大いに驚きその不信を追及したところ宮浦所長は今日迄に斯様な依頼取消は一度もなかつたから自分も安心して絶体に間違いないと申上げたが斯様な取消があつた以上は渡せない、誠に申訳ないが松原商店に至急交渉して円満に解決してくれと云うのみで引渡の交渉に応ぜず、一方松原商店も知らぬ存ぜぬとて取合わず、針生に至つては所在不明の有様である。

五、元来荷渡依頼書はその交付によつて荷物引渡と同一の効力を有するものであるから右宮浦所長の言動がなければ原告会社は当然荷渡差図書の交付を受け荷物を取得した筈であるのに拘らずかかる事態になつたのは宮浦所長が故意に荷渡を妨げたか或は荷渡依頼取消は絶対にないものと簡単に盲信したために荷渡に応じなかつた過失に基因するものであるから被告会社はその使用人たる宮浦所長の右行為につき民法第七百十五条に基き使用者として之がため原告会社が蒙つた損害を賠償すべきものである。

六、しかして右セメント一屯の最底価格は金七千六百円で五十屯の合計価格は金三十八万円となり原告は右価格相当の損害を蒙つたことになるから被告に対し右損害金三十八万円の賠償を求めるため本訴に及ぶと陳述し、

被告の答弁に対し、倉庫業者が倉庫証券を発行するには国務大臣の許可を要し被告会社は之が許可を得ていないので倉庫証券の発行ができず、そのため荷渡依頼書を倉庫証券と同一に取扱つていたもので右荷渡依頼書は一般的商慣習により物権的効力を有するものである。又仮に右箕浦が被告会社にセメントの引渡を求めたことなく単に荷渡差図書に切替方を求めたに過ぎないとするも前示荷渡依頼書は荷主から被告会社に宛てたものであるが荷渡差図書は被告会社が現実自己の倉庫に宛てる内部的指令であり被告会社は荷渡依頼書を受領して荷渡差図書を発行することにより荷物をその所持人に引渡さねばならぬから右切替により当然荷主が右所持人に確定しその後は旧荷主から異議が出てもその異議を取上げる余地がなくなるものである。従つて之が切替を妨げた右宮浦の行為につき被告会社は責任を免れないものであると陳述した。

〈立証省略〉

被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、

答弁として、

原告主張事実中被告会社の目的が各種運送、倉庫業を営むものであること、原告会社の社員箕浦孝一が原告主張の荷渡依頼書を被告会社名古屋支店築港出張所に持参したこと、及びその後原告会社から磐城セメントの引取方請求があつたが之に対し被告会社は荷主松原商店から右荷物は松原商店から神吉商店に売却したが神吉商店が右荷物を詐取されたから荷渡をしないと申出があつたとて荷物の引渡を拒絶したことは認める、原告会社の営業及び原告会社が訴外針生喬からその主張の荷渡依頼書十通に依りセメント五十屯を買受けたことは不知、その余の事実は否認する。

被告会社において右の如く原告会社に対し荷渡を拒絶したのは松原商店からの荷渡差止の申出によるものである。そもそも箕浦は荷渡依頼書を持参して来たときは荷物の引渡を求めたものでなく(従つてトラツクの用意もなく)右荷渡依頼書を被告発行の荷渡差図書に切替えてくれと要求したに過ぎないものであり被告会社名古屋支店築港出張所長宮浦弥一郎は被告発行の荷渡差図書に切替えなくとも右荷渡依頼書の所持人に荷物を渡すからと云つたところ箕浦は之を承諾し当日は雨模様でもあり引取り又は引替えをしないで立帰つたものである。その際右宮浦は荷渡取消依頼があつても荷物を引渡すと云つたことは全くないのであつて右の如く荷渡依頼書の所持人に荷物を渡すからと云つたのは取消のない通常の場合を前提としたものであることは勿論であるばかりでなくその意見を採用すると否とは原告会社の自由であつてそれでも尚原告代理人が選択によつて被告会社に荷渡を求めるか又は被告会社の荷渡差図書に切替方を要求したならば被告は当然之に応じた筈であり右箕浦が荷渡又は切替を取止めたのは結局同人自らの判断に基くものであるから原告会社自身の責任と称する他なく被告会社に何等故意又は過失はない。

又原告の主張は右セメントにつき所有権を有することを前提としているが元来荷渡依頼書なるものは所謂荷渡を依頼する書面に過ぎないものであつて単に免責的効力を有するに止まり物権的効力を有するものでなく(下級審裁判例集第四巻第二号一七九頁)荷渡依頼書を所持する者が物件の所有者となるものでない。尚右荷渡依頼書は神吉商店が松原商店から買受けたものを原告会社が神吉商店から適法に買受けたものでないから原告会社は右荷物の正当の所有者となるに由ないものである。

仮に被告会社が原告会社の要求通り被告会社の荷渡差図書に書替えていたとしてもその差図書は荷主たる松原商店宛とするものであるから松原商店から依頼取消があればその荷物の引渡をしないのであつてこのことは荷渡差図書が有価証券的効力のないことより生ずる当然の帰結である。

仮に右宮浦が荷渡依頼取消があつても原告にセメントを渡すと云つたとするも宮浦の発言それ自体によつては直接原告会社の如何なる権利も侵害することなく、亦損害を加えたこともない。更に又仮に原告会社は被告会社から右セメントの引渡を受けることができなくとも売主である針生に対し荷物の引渡請求、或は契約解除又は引渡不能による代金返還又は損害賠償請求権を有するものであつて何等権利の侵害も損害も蒙つていない。尚右針生の行方不明或は無資力にて損害を蒙るとしてもこの損害は右宮浦の言動と因果関係のない損害であるから右言動は不法行為とはならない。又原告会社は損害を蒙つたとしても荷渡依頼書は有価証券と同様の効力を有するものでないこと、依頼取消があつた場合は荷渡を受けることができないことは原告会社において買主として法律上亦慣習上常識上知らなければならない義務であるのに拘らず原告会社はこれを怠り漫然右針生に代金を支払つたものであるから一にその責は原告会社にあり被告会社に請求するは筋違いであり、要するに孰れの点よりするも原告の本訴請求は失当であると述べた。

〈立証省略〉

理由

被告会社は各種運送、倉庫業を目的とするものなること、及び原告会社が昭和三十年四月二十七日その社員箕浦孝一をして原告主張の荷渡依頼書十枚を被告会社名古屋支店築港事務所に持参せしめたことは当事者間に争なく成立に争なき甲第一第三号証の各一乃至十に、証人箕浦孝一同高橋静夫同宮浦弥一郎の各証言及び原告代表者本人尋問の結果を綜合すれば原告会社は前同日訴外針生喬より右荷渡依頼書に依る磐城セメント五十屯を代金三十二万円にて買受け代金支払に先立ち確実を期するため前示の如く箕浦を右築港事務所に遣わしたもので箕浦は同所で被告会社名古屋支店長代理高橋静夫に会い右荷渡依頼書十枚を呈示して在庫の有無を確かめた上被告会社の倉庫でセメントを受取り得る伝要を要求したところ高橋は之に応じ被告会社の保管倉庫係に宛て荷渡を命ずる荷渡差図書を作りかけ、あらかた成つて荷物引取のトラツクのナムバーを記入すべく箕浦に尋ねたが同人は即日受取る用意なく従つてトラツクの準備なき旨答えていたところ折から同出張所長宮崎弥一郎が帰所して之を知り高橋に代つて箕浦に接し今日荷物を引取るのでなければこちらの張簿上困るから荷渡差図書の発行は引取のトラツクのナムバーが判つてからにしてくれと依頼すると箕浦はこの荷渡依頼書を持つて来ればどの様な事情があつても何時でもセメントは渡して貰えるかと念を押したので宮浦はこの荷渡依頼書は間違いないものであり差図書は被告会社の内部での仕訳書であつて価値がないが依頼書は倉庫証券と類似しているから之丈で取引もでき之さえ持つて来れば何時でも運転手丈が来ても荷を渡すと申したので箕浦はこの言を信じ二、三日中に荷物を引取る旨言残して右荷渡依頼書を持帰り原告会社社長中西長松にその旨を告げ針生に代金を支払つた事実、箕浦が右築港事務所より帰つて間もなく同事務所に対し右荷渡依頼書の名宛人である神吉商店から右荷渡依頼書を詐欺にかかつたから荷渡を中止してくれとの電話あり引続いて右荷渡依頼書の発行者である松原商店からも同依頼書を神吉商店に売つたが詐欺にかかつたから荷渡を中止してくれと電話があつたため被告を会社は之を理由に原告会社よりの荷渡の要求を拒絶し今日に至つている事実、被告会社においては従来嘗つて荷主より右の如き荷渡中止の申入がなかつた事実及び一般に荷渡依頼書の取扱についてはその所持人を荷主たる発行者の代理人と看做して荷渡がなされている慣習があつて被告会社においてもその例に洩れずその取扱をしているが右築港事務所とそのセメント保管倉庫とが三粁許り離れているので同事務所において荷渡依頼書の所持人に対しそれの受領と引換に右倉庫現場に荷物の出庫を命ずる荷渡差図書なる名称の伝票を荷渡依頼書発行者即ち荷主宛名にて作成して交付しており、同差図書には荷物引取りのトラツクのナムバーを記入し同差図書の発行にて帳簿上一応荷渡済とし従つて同差図書中には「翌日引取ノ場合ハ日附変更ニ来ル事三日以後ハ荷渡致シマセン」と記載して差図書の日附上も即日渡しを原則としている事実が認められる。原告は箕浦が宮浦に対し仮令発行者からの荷渡依頼書取消があつても被告会社は必ずセメントの引渡をしてくれるかと念を押したところ宮浦は絶対に大丈夫だと確言したと主張するが原告の全立証に依るも未だ右事実を認めることができない。

ここで右の如き(1) 荷渡依頼書(2) 荷渡差図書なるものの性質につき観察して見るに(1) 荷渡依頼書は荷主が独立の人格者である倉庫業者に対し荷渡を指図する書面であつてこの所持人が之を倉庫業者に呈示して荷物の引渡を求め依頼書表示の荷物を受領することによつて権利の満足を遂げ他面倉庫業者は之と引換に荷物を依頼書所持人に引渡すことにより仮令右所持人が正当な所持人でなかつたとするも荷主に対し右引渡の責を免がれる即ち免責証券としての作用をなすことは明らかであるが若し倉庫業者において自らの或は荷主より申出に基く何等かの事由により右所持人に荷物を引渡さない場合にはその所持人は所謂悪意の所持人でない限り発行者たる荷主に対し荷渡依頼書表示の物品の引渡を請求し得るものと解せられないこともないがその断定は本件においては差控えるを相当とし次に若し倉庫業者において荷渡依頼書の所持人に対し荷渡を引受け或は承認した場合はその倉庫業者は独立に荷物の引渡義務を負担しこの状態に至つては荷主は有効に荷渡の差止をなし得ないものとも解せられる。しかしながら荷渡依頼書は荷主の発行するものであるから倉庫業者発行のものとやや性質を異にし元来その前者よりの引渡を以つて物品の引渡があつたと同一の効力を有するものとみる所謂物権的効力を有するものとみることができない(特に本件の場合は証人宮浦弥一郎の証言に依り成立を認める乙第二号証の一、二に依れば荷物は代替物であることが認められる点からも)のみならず仮にその様な商慣習があるとするも商法の公の秩序に関する規定に反するものとしてその効力を否定すべきを相当とする。(2) 荷渡差図書は倉庫業者が自己の倉庫係に宛てた指令書であつて内部的関係の統制と荷渡の円滑を図る目的の書面であり元来転々たる流通が予期せられないものであるが一度之を発行して第三者に交付した以上所謂悪意の所持人でない限り倉庫業者はその表示の物品を所持人に引渡すべき義務あるものと解すべく、このことは荷渡差図書を前示荷渡依頼書と引換に交付したものとするも同様であつて荷主は有効に荷渡の差止をなし得ないものとも解せられる。又荷渡差図書に所謂物権的効力を否定すべきことは前同断である。以上荷渡依頼書及び荷渡差図書は発行者の荷主であると倉庫業者であるとにより当然の義務者は誰なるかの点につき差異があるが等しく「荷渡指図書」なる有価証券として共通的性質を具有していると云わねばならない(民商法雑誌第一巻第六号「荷渡指図書」等参照)

さて事案に戻るに前示認定事実よりすれば被告会社の宮浦弥一郎の右言動よりは原告会社に対し故意に本件荷渡依頼書に依る荷渡を妨げたものとは認められず又荷渡依頼取消のことに考え及ばなかつたことはその責に帰すべき程度の過失とは認められず更に又荷渡依頼書より荷渡差図書への切替を故意又は過失により妨げたものとも認められないばかりでなく前段論述により明かな如く原告が本件セメントの所有権を未だ取得していないものであるから右所有権のあることを前提とする原告の本訴請求は認容するに由ないものである。

仍つて原告の本訴請求は之を棄却すべく訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条に則り主文の通り判決する。

(裁判官 西川力一)

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